朱 御印の御朱印帳

御朱印集めをしております、朱 御印と申します。本職はマーチで東洋史(私の専門は中国)を専攻する大学生です。 関東圏・中京圏が本拠地。

三十三間堂

参拝寺社:三十三間堂

宗派:天台宗

リンク:http://www.sanjusangendo.jp

一般成人の参観料:600円

参拝年月日:平成31(2019)年4月30日

 親族の提案も有り、私が初めて御朱印を頂いたのは、京都市東山区三十三間堂であります。

 今年のゴールデンウィークは10連休であった事や、改元と云う歴史的慶事が有った事も影響し、京都は多くの日本人で溢れていました。では外国人はどうだったの?と言えば、年がら年中沢山来ているそうです。歩道から車道に飛ばされそうに成ったり、家族とはぐれかけたりと、結構大変な旅行でした。御朱印こそ頂いていませんが、三十三間堂の前に訪れた仁和寺伏見稲荷神社は、それはもう凄い混雑度で。

 話を三十三間堂に戻しましょう。こちらは、蓮華王院とも称される天台宗のお寺です。参観料は600円で、館内は撮影禁止です。創建は、平安時代後白河上皇平清盛に命じ、その御所に造らせたのが始まりです。火事で五重塔等が焼けますが、後の安土桃山時代に、我等が名古屋出身の太閤豊臣秀吉が再興、三十三間堂方広寺の境内に組み込まれます。江戸時代に成ると、西軒下は各藩の弓術家が「通し矢」をするその舞台と成りました。この距離は121mで、形を変えつつも、今でも続いています。また、堂内の仏像は1000体もの数を数え、壮大です。その中には、自分に似た物が在るのだとか。作られた時代も、作った彫刻師もその派閥も、多くに跨っているそうで、正に国家規模の事業でした。

 三十三間堂の名前の由来は、内陣に在る柱の間の数が、33を数える事に在ります。この33と云う数字は、観音菩薩の変化身三十三身に基付きます。建物の外から見れば。柱の数は35なので、違和感を覚える方もいらっしゃるかも知れませんね。

 こちらが、私朱が初めて使った御朱印長に成ります。納経帖の下に赤い印が押されている様に、三十三間堂内で購入しました。私は昔から緑色が好きで、この色を躊躇わず選んだのですが、どうも、これは春季限定だとか。幸運な事ですね。御朱印には、様々な運が有りますが、この様な出会いは嬉しい事です。

 こちらが、始めて頂いた御朱印です。何て書いてあるのでしょう?書道を齧った私も読めませんね。

 ローマ字もそうですが、左側には英訳も!需要が有るのでしょうね。そう言えば、私が祖山参拝でよく訪れた知恩院御朱印列にも、ヨーロッパ系と見られる方が並んでたなあ。一般論としての御朱印の説明も有り、初心者には有り難い限り。

 最後に、境内に生えていた筍で締めましょう。残念ながら、食べるには、成長し過ぎていましたね。

 初めてのブログ更新と云う、慣れない事をしましたが、1人でも多くの方に楽しんで頂けたならば幸いです。またお会いしましょう!

転載元:https://note.mu/shogoin/n/nd70ee0188dcf